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味付き玉子

「人間はもともと不完全な存在なのだ。そのくらいの疵は、どんなに綺麗な球体の表面にもあるに違いない。スキャチャード先生のような人にはそういう些細な欠陥しか見えず、天球の輝きには気づきもしない。」*1
 
先日読んだ、この部分が心に残っていた。
人を玉、球とすると完全な球はないだろう。どこかに傷がついてたり、へこんでたり、欠けていたり、はたまた色もついているだろう。
抜粋した文章の通り、傷がついているところだけを見て、その人を判断するのは違うだろうし、つるつる輝く部分や綺麗な色がついた部分もなども含めてその人だと思う。
ぼこぼこした部分などを持つ球に手で触れると面白いように、そういう部分をその人の味として捉えるといいのかなと感じた。
自分のマイノリティ性も、そういうふうに見て、許したり受け止められたら生きるのも楽になるだろうと。

*1:シャーロット・ブロンテ作 河島弘美訳 ジェイン・エア(上) 岩波文庫 第7章p131